本

『トヨタ仕事の基本大全』

ホンとの本

『トヨタ仕事の基本大全』
OJTソリューションズ
KADOKAWA
/\1600+
2015.2.

 類書がこれまでも出ているらしい。トヨタと聞くから、完璧な企業なのだろう、などと思うのは浅はかである。だが、どうせトヨタもいい加減なんだ、と決めつけるのも愚かであろう。客とのつながりにおいて、私の経験では、業務上杜撰であるようなところは見られない。そして何よりも、これは客の命を預かる仕事である。ねじ一つ緩んだために、大事故を起こす可能性もあるのである。その意味では、製品として見ると高価に感じる自動車にしても、意味ある価格であろうと考えられる。
 企業として、品質が第一である、そういう場所で仕事をしていると思われる。だが、青天井でコストをかけては商売にならない。コストは切り詰める。だが粗悪にはできない。このコストには、製法や原材料などの問題も当然入るが、作業場の片づけも入る、というあたりが、この本と類書のコンセプトのように見えた。つまりは、部品を取りに行くときに、30秒かかるところが10秒ですめば、コストダウンだというのである。その通りだ。確かに、それは単純計算で、一日30回あるとして一日10分、月に5時間……などというだけの問題ではないだろう。だが、同じ作業をするにあたっても、気持ちよく、ストレスなくできるという人間心理からしても、たとえばそのためにミスの可能性が減るものだとすれば、効果は決して小さくはない。そこに注目しようというのである。
 また、そういう発案は、現場から上げていくことも求められる。トップダウンで、現場を見ていない者がああしろこうしろでは、噛み合うまい。しかし、提案には無駄なものや失敗もあるだろう。失敗を責められるのであれば、もう提案などすまい、ということになりかねない。失敗や不都合も当然、それでも出さないより出したほうが可能性がある、という視点で、思いをオープンにできる方が、結局企業全体の健全な成長になるのだ、という考え方も、この本を貫いている。
 トヨタのやり方を、これほどぶちまけてよいのか、と傍から心配にさえなるほどに、ここにはごく身近な作業と発案などのノウハウが露骨に提示されている。しかしもしかすると、このトヨタ関係のコンサルティング会社は、内部で横のつながりや企業全体によいことが推奨されているように、自動車産業全体、いや、日本の産業全体の成長を共に築いていこうというふうに考えているのかもしれない。少なくとも、社内ではそうした角度で考え、捉えているようなのだ。
 ひとりひとりが、自分ならどうするか、を考えるように仕向ける。そうするために、いわば上のほうがどういう姿勢でいればよいか、がたくさん紹介されている。またそのために、どの地位や立場にいたとしても、2つ上の立場からものを見るという姿勢を必ずもつのだ、と指導されている。言われるがまま、逆らえばまずい、という雰囲気では、いくらさしあたり良い提案があったとしても、それだけのアイディアでは行き詰まる。社長のワンマンですべて社長のアイディアで運営されるというのは、よほど小さな会社ならばともかく、少しでも組織立ってくると、役立たなくなるのである。
 案外、これは学校での学級経営にも言えるかもしれない。トヨタほど、自分の生活などの切実さはないかもしれないが、ひとりひとりが育たなければならない状況の中では、こうした訓練、あるいは訓練とも思えないほどにそれが日常になっているという環境が、必要であるのかもしれない。
 分厚い割には、同じようなことの繰り返しがあり、なんらかの「イズム」が解説されていくような感じなので、読むだけならスムーズに読める。ただ、読んで満足ということにはしたくない。この通りにする、というのが目的ではない。ここから刺激を受けて、現場の誰もが、また経営者の誰もが、自分ならどうするかを考え、互いにそれを分かち合い、全体のために最善の方法を探していく、それを日々の当然のこととして実行していくことが必要なのだろう。トヨタと同じにする必要はないだろうが、志を立てるようにはなることだろう。
 ただ、職場の人間関係というものについては、この本は全く何も触れていない。人間の、感情的な側面からすると、この本は何も解決してはくれないし、ヒントすら与えてくれない。あくまでも企業の部品となった一人一人が、企業全体に寄与する仕事を考える場面だけに有効なヒントである。そういうレベルで仕事が語れるということ自体が、案外トヨタの凄いところであるのかもしれない。




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