本

『世界の10人(4)手塚治虫』

ホンとの本

『世界の10人(4)手塚治虫』
木まさき監修
学研教育出版
\1600+
2014.2.

「時代を切り開いた世界の10人」というシリーズが、小学生向けに出ている。そこには「レジェンドストーリー」とも書いてある。小学生に「レジェンド」が通じる世の中になったとは驚きだ。その第4弾として、手塚治虫がこの本の主役である。肩書きとしては、「日本のマンガ文化を創り上げた「マンガの神様」」と書かれている。上品な似顔絵が表紙を飾り、ブラック・ジャックの原稿を前に、手塚治虫が笑っている。
 昭和の時代を見送るかのようにして、手塚治虫は60歳の若さで世を去った。「巨星墜つ」の相当大きな見出しが新聞一面を飾っていたことは印象的であった。私にとっても、マンガ家と言えば手塚治虫を筆頭に挙げるほかは考えられなかったから、直接もう会えないものだと悲しんだものだった。尤も、もしそれがなくてもどうやって会うのか、といったことまでは考えていなかったけれども。
 手塚治虫の生涯を、必ずしもその順序通りにではなく、理解しやすいように演出しながら、しかしたいへん臨場感を覚えるような方法で、資料の写真や背景となる事柄の紹介や説明を交えつつ、読みやすいように工夫された美しい装丁で本書はできている。子ども向けに書かれてあるというのは、実は分かりやすさの点でも、おそらく質的な点でも、そうとうな苦労と思い入れをもって作られているのが実情である。大人が読むに耐えうる内容であり、構成になっていると考えてまず差し支えない。今回も、その期待を裏切らなかった。
 冒頭は、結婚式の日にまで原稿を描き、そのために結婚式の始まりを遅らせたというエピソードから始まる。子どもが触れるに、どきりとする話である。
 子ども向けという配慮からか、戦争についての手塚の考え方やエピソード、その深みについては、かなり省略されている。皆無とは言わないが、あっさりと、さっぱりと描かれてある。これは、おそらく編集上、議論があったところだろう。戦争への手塚の思想は、彼の工場奉仕の生活の体験に大きな影響を受けている。子どもに夢を与えるマンガのリーダーではあるが、この点も見逃せない深みをもつ。しかし、本書ではこれについては殆どカットしてしまった。それよりも、子どもたちが普通に触れるマンガというものが、そもそもどのようなものとして扱われ、またそれを手塚がどう築き上げていったか、をもっと伝えようとしているように見えた。小学生が、マンガとはそもそも何であるのか、ということについて考えることができるような内容に制限しているといったところである。
 それはそれでよいと思う。だから、この本に触れて、もっと手塚治虫について知りたくなった人が、次にどういう文献を手に入れることができるのか、お薦めなのか、そうした点が最後に触れられていたらなおよかった。手塚治虫にまつわるミュージアムや土地などの紹介があったのはひとつユニークであったのだが、なかなかその地に行けないことが殆どの読者である。だが、本ならば、図書館や書店で入手しやすくなる。岩波新書でも、文庫でも、手塚治虫が、子どもたちへ向けて語ったような本がいくらかあるし、さらに詳しい中高生向けのような、手塚治虫の紹介がしてある本もきっと多数あるだろう。そこへの案内があると、よかった。
 とはいえ、用語の解説やマンガの手法などを含め、様々な点で、この本は、類書に例を見ない充実した内容を備えており、画期的ではないかとすら思う。語録としていくつか紹介されている頁もあるが、そこに、「子どもは、その時点時点でつねに現代人であり、また、未来人でもある」という文が見える。振り返る過去というよりも、今から何を見るかというと、子どもは未来を見るであろう。子どもたちの未来を、大人の物差しで判断して邪魔をすることがないように、と手塚は考えていたのだという。まことに、多くの子どもに、読んでもらいたい、この薄さにも充実した内容となっている。
 子どものために作られた本は、ほんとうに丁寧に作られている。




Takapan
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