本

『原色 生きもの百科』

ホンとの本

『原色 生きもの百科』
青幻社
\1545
2010.12.

 ビジュアル文庫シリーズ。文庫サイズに美術をぎゅっと詰めた本がある。この新しいものは、「牧野四子吉の描く生物画の世界」というサブタイトルが付いている。
 1900年生まれで、87年までの生涯をもたれた方であるという。失礼ながら、名前を聞いてもピンとこなかった。だが、ちょっと本を開いて懐かしい気持ちに包まれるのは、私だけではあるまい。
 家に、あった。ジャポニカ百科事典の挿絵なのである。
 かつて、こうした挿絵画家なるものは、不遇であったという。まともな著作権が認められず、訴訟のためにも力になったという。牧野さん独りでなく、多くのそうした画家が冷たく扱われていたのである。
 しかし、この本を開けば分かるように、まさに職人技と言えるような、見事な画である。ファーブル昆虫記の挿絵も担当していたというのだが、まさにファーブルの研究に合う絵はこの人の絵しかないと言わしめるほどの作品である。それは、小手先の絵で終わらないものがあるからだ。技術はもちろん一流であるけれども、そこに心が重なっている。言葉でそれを言うのは簡単だけれども、実際にこれを成し遂げるのは容易ではない。
 紹介によると、牧野さんは寡黙な中でもこんなことを言っているという。「子どもたちがなにかを感じとり、引き出してくれるような絵を描きたい」というのが口癖であった、と。
 だから、「決して嘘は描けないが、ひたすらリアルに表現するだけでは子どもたちは生き物に親しみを抱かない」とも言っていたという。生物画としては、嘘を描くのはいけないが、それだけではないものが必要だ、というのである。これも言うは易く行うは難し、ではどうすればよいのか、というのは、論理では解決しない問題であるだろう。形にならないから、私たちはしばしばその背景にあるものを「愛」と呼ぶ。極めて曖昧で申し訳ないが、やはり私たちは、そのようにしか口にすることができない。子どもたちへの、あるいはまた、生き物すべてへの「愛」が、これだけの命の絵を遺してくれたのだ。
 彼の絵は、500点以上の書籍や図鑑に使われたという。そのために制作した原画は30000点以上だとも書いてある。
 生命を目の前にして、謙虚な心で、向かい合い、命の声を聴き、命の姿を表裏すべて見いだす眼差しをもつことによって、私たちに美しい愛を見せてくれたというこの画家に、敬意を表したい。私たちに、その愛おしみの百分の一ほどでもあるのだったら、このような生命を滅ぼすような愚行には及ばないはずなのである。その後もなお、生命あるものを虐待している私たちの生き方が、当然省みられなければならない。この百科を手にして、私たちは真剣にそのことを、つまり自分自身の生き方の問題として、考えなければならない。




Takapan
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