本

『新約聖書の釈義』

ホンとの本

『新約聖書の釈義』
G.D.フィー
永田竹司訳
教文館
\3500+
1998.6.

 かなりの専門的な本である。牧師として、あるいは神学生として、聖書、とくに新約聖書を研究する場合の手引きである。あまりに専門的であるので、多くの人に勧められるものではないが、聖書から論文のようなもの、あるいは説教を書き上げるにあたり、勉強になることは間違いない。
 英語が基準なので、実に多くの参考文献が紹介されるのだが、すべて英語である。たまに邦訳されているものがあるが、あまり期待しないほうがよい。従って、英語で一定のことを調べられる程度の力と余裕のある方でないと、ここに紹介されたものについては実用できないかもしれない。もちろん、それだけ費用もかかるのであるが、それにしても、必ず揃えなければならない、と断言している本が、これまた余りに多いものだから、まともに引き受けると大変なことになるだろう。
 論文と、それから説教と、それぞれにやり方が違うので、説明が分かれている。ギリシア語はできたにこしたことはないが、英語でもある程度押さえられるという意見でもあるようだ。しかし、何らかの形でギリシア語とは交わらないと、解釈ができるものではない。また、ギリシア語がいくらか分かったとはいえ、どのようにして説教をまとめ上げていくのか、具体的な手法については、神学校に実際に行かないと分からないものであるが、それをこの本はカバーしている。
 サブタイトルは「本文の読み方から説教まで」と記されている。その意味で、新約聖書の本文をどのように検討するか、という研究的なところから入るのであるが、目的は基本的に説教である。論文のため、という配慮も当然あるのだが、他方で、説教のときにはそれとはどう違うアプローチをするか、どうまとめるか、そうしたアドバイスも豊富にある。まことに実用的であると言わざるをえないが、これは教役者や神学生のためのものであることには違いない。なかなか素人には解しがたい部分がある。ギリシア語を読んでいくという前提もあるために、よほどの素養や関心がなければ立ち向かえない。しかし、英語だけでどこまで迫れるか、という点も考慮してあり、必ずしも衒学的なものではない。
 たくさんの参考資料が紹介されている。それだけでもずいぶんな価値のある本だと言えるが、実際日本語として入手可能な資料には訳書の紹介がしてあるものの、大部分のものは英語のみ、または西欧語のみである。この点、やはり英語を使いこなせるというのは大きなことなのだということがよく分かる。英語には、なかなか邦訳できない、あるいは邦訳されていない、多くの貴重な文献がうようよしているのだ。しかも、この本によると、どうしてもこれは必読であるというような書き方がやまほどしてあるのだが、あいにくその殆どが日本語訳がないものである。苦労して翻訳出版して、需要がないため、訳者もなかなか挑めないし、また出版社も販路がなく動けないのだ。ただでさえ少ないキリスト者の、しかもよほど選ばれた研究者や神学生しか市場がなく、しかもその全員が買うに決めているわけではないとするならば、実際商売にはならないであろう。
 この哀しさを痛感することになった本であった。具体的にいくらかの解釈例などが施されているものの、この資料の紹介に多くの部分を割くこの本は、そうした哀しさを連れてきたものでもあったというわけだ。




Takapan
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