本

『新約聖書解釈の手引き』

ホンとの本

『新約聖書解釈の手引き』
浅野淳博・他
日本キリスト教団出版局
\3200+
2016.2.

 骨のある本である。かなり専門的である。だが、何かほかのものとは違うものがある。類書にはない、親しみやすさと、自分への励ましのようなものを感じた。
 聖書、とくに今回は新約聖書に特化しているわけだが、その読み方というものを、こんなにも専門的でありつつずばりといのち伝わるように解説してくれる本というものに、出会ったことがないという気さえした。
 本文批評とは何かというところから始まり、資料問題の問題点そのものを明らかにし、社会史的研究の意義を具体的に扱っていく。当時の社会的な状況に鑑みて、聖書は何を言っているのかを聞こうとする姿勢を問うかと思えば、またことばの修辞というところに注目して、レトリックの歴史から見た聖書の表現方法を考える。そもそも物語として語るということはどんなことか、また語ることばはその背後に何を有しているかを探る方法が現代にあるのではないか、そんなことを問いかけていく。歴史が変化すると共に、人間の考え方の枠組みや文化も変遷する。かつての常識が非常識となり、了解事項が二千年前の時代とは異なってくる。その中で、私たちがどのように聖書の記述を理解すればよいのか、そこから自分の問題として何をどう受け取るとよいのか、それを考えるためにも、この文化の相違にも目を留めなくてはならない。そして究極的かもしれないが、聖書の正典とはいったい何か、どういうことなのか、これが実はとくに新約については定まっていないという現状を挙げ、これを理解するためには、聖書の外の資料が大いに参考になるという場合があることを確認する。これは私もよくそう思っていた。いや、どの問題も、聖書を真剣に調べ、そこからいのちのことばを戴こうとする場合には、考えてみることがあるはずのことであろう。
 2016年の出版であるが、ぎりぎりのところまで新しい資料や文献も取り上げ、いま手に取っても最先端の情報や研究の息吹を感じることができるようになっている。参考書も、ほんとうに古くて定評のあるものから、最新の注文株までふんだんに載せられており、まさに役立つ本だと言ってよい。たんに味わうとか歴史を感じるとかいうのでなく、いまひとが聖書を読みそこから神の声を聞こうとする場合にも、実にありがたい指摘がたくさんある。
 実は、この本は具体的に解釈していく過程をたくさん取り入れて目の前に見せてくれるところが、たいへんユニークなのである。類書にはない、と編集者自身記しているように、新約聖書の中のある譬え話や、詩篇のことば、またある信仰話にしても、どうしてこんな書き方をしたのか謎とされているようなこと、私たちの目から見てもうひとつ理解しづらいこと、あるいはまた、普通自分たちに惹きつけて読まれていて、誤解されていると思われること、そうしたことを、当時の社会常識やレトリックの前提などを紹介しつつ、聖書が何を語っているかを提示してくれる。これは学べる。読者のほうとしても、目からウロコが落ちるような体験をするのではないだろうか。
 この実例がふんだんにあることにより、必ずしも堅い研究論文調であることから救われている。もちろん、ある程度の文献学についての知識など、必要とされることもあるから、万人が読みやすいとは言えないかもしれないが、神学や解釈学の知識をいくらかでも持ちあわせていれば、これは実に有意義な時間を提供してくれる一冊であると感じた。ぜひ、手許に置いて、資料としても活用したい。中には私も持っている本や読んだことのある本が紹介されていて、間違った路線ではなかったのだと喜んだこともあったが、それよりもまた、この森にはまずこの道を行けばいい、というような道案内がされているような気がして、すっかりうれしくなるのであった。




Takapan
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