本

『自分で考える勇気』

ホンとの本

『自分で考える勇気』
御子柴善之
岩波ジュニア新書798
\840+
2015.3.

 中高生が対象だというジュニア新書に、思い切った起用である。カント哲学である。しかも、はっきり言うと、これはカント哲学の全体を説いたすぐれものである。副題は「カント哲学入門」であるが、最後に著者は、カントを通じて考えていくことは、真似をするとか、自分で考えないことだとか、そんなことはないのだ、ということを力説している。この辺りは、全体を読んでからまた考えてみるとよいだろう。
 難しいことを簡単に説明することが一番難しい、という真理がある。その意味で、たとえカント哲学のひとつのやわらかすぎる見方であるにせよ、この本が説いて見せている内容は、カントの全体像であり、ひとつの筋道の中でそれを訴えた力作である。
 これを、「勇気」というキーワードで実現したところに、私は感動を覚えた。もちろん、これは著者のひとつの解釈である。カントがこれに尽きるというようなことではない。しかしながら、カントをこのキーワードで切り取り、すべての著作を持ちだして言いたいことをぶつけてくるというのは、なんとも味わいのある、良い方法であることに違いはないのである。おそらく著者自身が学ぶ中で何か感じ続けていたものを形にしたものだとは思うが、こういう切り口で、こういう柱でカントを全部説明しきるというのは、実にユニークであり、また実に感動的である。
 冒頭で、「大人になる」とはどういうことか、という問いかけから始まる。勇気を出して自分で考えていくということがそれだという意味のことを伝えつつ、カントという偉大な哲学者がそれを訴えているのだよ、と促す。そして、自分で考えるということは、勇気を必要とするひとつの冒険であるのだ、という提案と共に、カントの紹介に入っていく。
 カントの生涯を一度たどっておいて、『純粋理性批判』を説く。これがジュニア新書で30頁で片付けられる。私が見る限り、このテーマに沿った中でこの簡潔さは驚異的であり、無駄がない。『実践理性批判』には40頁を費やしている。カントの目的がここにあり、勇気をもつ核心であるためてはないかと思われる。そして『判断力批判』が30頁。先の二つの批判書を結びつける現実的応用のための主軸であり、また反省的判断力の必要性が説かれるのであるが、こんなに易しい言葉で、明晰に語られるということが私には真似できない技であった。そこに、自由に基づく道徳法則が実現を待つ目的の国への道が作られるというのである。確かに、カントは、物自体を認識できないとし、独断論による理想郷の実現を安易に思い描くわけではない。だが、アンチノミーではむしろ、可能性を遺すところに意味があったように、ここでも自由の実現のために、遺された可能性があるということで、理想の虚しさを拒み、それが全否定されないというあり方によって、やがて批判書以降の、道徳の形而上学が成立する余地を保ち、そのための具体的な方策が有意義なものとなり、ついには永遠平和の実現のために、当時のプロイセンやロシアなどの政治の歪んだ姿を批判する方向へと突き進む。
 宗教論と根源悪も、この論理の中に位置している。それでいて、著者は、安易に神を主体として議論を進めるようなことは、カントと共に、しないようにしている。理性が実現していくであろう道を、確かに用意していると言えるのである。そして最後に著者は、今ここに置かれた私が何をどうすればよいのか、という、本来的な問いに戻る。カントに沿って伝えるそのメッセージは、「自己の完全性」と「他人の幸福」であった。なんと私たちは、これを逆にしていることだろう。その逆こそが根元悪でもあった。カントの自由が目指したものは、この二つの実現であったのだ。
 もとより、これは近代思想の完成を意味する。私たちは、その後の、神を見失い進歩観や完成への夢についてとりとめのなくなった時代の思想をも経ながら、現代を生きている。だが、本当にそうなのか。近代からはもう学べないのか。私はそんなことはないと思う。カントの指摘した人間の悪と自由の問題が、乗り越えられているとは思えない。こうしたふうに思える「勇気」が、この本から、若い世代に少しでも与えられていくのであれば、と願う。専門用語を控えないあり方は、中学生にはきついかもしれないが、せめて高校生には食らいついて欲しいと思うし、私はむしろ大学生レベルでこの本から学んでほしいと願う。大学は、思想の自由を用いる場である。だからこそ、考える「勇気」が必要なのだ。カントを好きであろうがなかろうが、自ら考えてゆく力を与えられることについて、この本の価値を下げるものはないだろうと思う。




Takapan
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