本

『イタリア古寺巡礼』

ホンとの本

『イタリア古寺巡礼』
金沢百枝・小澤実
新潮社・とんぼの本
\1785
2010.9.

 多くの美しい写真とその短い解説、そしてエッセイのような味わいのある文章が挟まれているという構成。中世のイタリアを再発見しようという試みで、本当にその土地を、その時代を歩んでいる気分になってくるから不思議だ。サブタイトルにも「ミラノ→ヴェネツィア」とあり、旅の気分をつないでいる。
 教会が主役である。歴史の舞台としても、そしてまた、美術そのものとしても。絵画だけなら動かして美術館に運べるかもしれないが、ここにあるのは建物そのもの。あるいは、建物の壁に刻まれたモザイク画。堅牢なその美術品は、ちょっとやそっとでは時の攻撃に滅ぼされない。ただ、石の素材は風化することを避けられない。それでも、それを下手に修復するというよりは、その風化そのものが歴史であり、また美しさや切なさでもあるという見方もある。筆者は、そのような姿勢を見せている。
 ことさらに信仰的な理解をしようとしているわけではない。だからまた、より一般的でもある。ただ歴史の好きな人々、西洋の文化に関心をもつ人々が、ため息をつくような古い遺跡が、しかも人の息吹を伝えるような遺跡が、ここに並べられている。
 写真は、ありきたりの教会紹介とは異なり、部分へのこだわりをも見せる。なんでここに牛が彫られているのか、といった、ちょっと笑わせるような写真と言葉を入れて、しかもそれを無様に解説をするようなこともしない。読者に放り投げている。だからこれは、調査研究の本ではないし、まことに旅の本であるのだ。しかし旅をするにしても、見るべきポイント、ぜひここに目を留めておきたいという箇所はあるわけだから、ここにそうした興味深い視点がたくさん備えられているというふうに捉えるとよいだろう。現地に行き、そこでぐるぐると見物することなしには得られない情報である。
 多くの歴史的な叙述も充実している。体系的とは言えないが、歴史の様々な側面に触れられている。たんに聖書だけでなく、聖書を背負いつつ、ギリシア神話から離れられなかった人々の様子も掴んでいるし、人々の素朴な憧れや世界観も垣間見るような思いで読んでいくことができる。テーマを定めず、気ままに旅している気分で構成されているからこそ、筆者たちの知る様々なことが宝石のように輝きこぼれている。
 美しい写真もさることながら、それぞれの聖堂が、上から見た平面図と共に紹介されているのもいい。十字形や八角形など、様々な様式もうかがえるし、建物の全体像をイメージすることにも役立つ。あるいはそこに、意味を見いだすことも当然可能だろう。
 一時は、暗黒の時代とも評され続けた中世。しかし、近代が見失った多くの宝物がそこにある。行き詰まった近代の果てにいる私たちが、中世の回帰に突破口を見いだそうと考えても、全然不思議ではない。もちろん、そこに戻ることはできないのだが、中世に置き忘れてきたものはいったい何だったのか、私たちが自明の理としており、また正義だと信じているものが、本当にそうであるのかという視点を得るためにも、過去を旅することは無駄ではない。心を豊かにするというのは、こういうことをも含むのではないかと改めて思わされた次第である。




Takapan
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