本

『国を愛する心』

ホンとの本

『国を愛する心』
三浦綾子
小学館新書267
\760+
2016.4.

 タイトルだけ見れば、いいことを言っているのか、と開いてみた中で、ある人から見れば、血迷った無知なおばさんが何か吠えている、それだけのものかもしれない。文学者か何か知らないが、政治のセの字も分からないくせに、ただ感情だけで言いたいことを言って迷惑だ、と思っていることだろう。
 単行本に収録されていない短いエッセイを中心に編集したという本。ひとつひとつが短く、週刊誌や月刊誌、新聞などに掲載された文章が集められた。中には、これまで発表されたことのないものもあるようだ。今回は内容を、信仰というよりも、戦争につながるようなものをテーマに揃えてあるように見える。三浦綾子さんは、21世紀を待たずして天に召されたから、今日の政治状況をそこに書いているわけではないが、驚くべきことに、今日の論評としてもそのまま当てはまることがなんとたくさんあることが分かる。むしろ事態はますます悪くなっているかのようにも見える。東日本大震災の原発事故を知らないのに、原発の危険性についてこれだけ声高に叫び続けているということについても、慧眼としか言いようがない。もちろん、それ以前からも、科学哲学の分野でもその危険性の認識を促す意見は一部では強くなされていた。ただ三浦さんの場合は、自ら戦争を体験し、しかも子どもたちに戦時教育をしていた張本人として、戦後虚無感に苛まれたこと、そこから平和への思いが一入であるというところから、命を尊重する考えに徹していたわけであり、ある意味で感情に基づくものであったと言えるかもしれない。それでも、結論は同じである。理詰めでないからこそ、人間のほんとうの心を大切にしていると言える場合もあるだろう。奇妙な理論偏向は、要するに自分の結論が先にあってそれを正当化するための道具となっていることがしばしばあるからである。
 時折、重複して同じことが語られてもいる。だがそれは別掲載なので問題もないし、真実であるからこそくり返すものである。その割には、よくぞこれだけ様々な体験の背景があることかとそのバラエティに感動する。そのすべてが、ひとつの糸でつながって、ひとつの結論をもたらすのである。
 煙たがる人もあるだろう。だが、人間の良心に照らし合わせて、これらを抹消するということは、不真実になるだろう。誰もが自らの心に問いかけられていると受けとめたい。国を愛するというのはどういうことか。筆者自身は述べていないが、では侵略されてもいいのか、というありがちな反論に対しても、おそらく回答は用意しているだろうと思う。ほんの一握りの者だけの意見がすべてを支配し、国民の命を戦争という、いわば不毛なものへと強要することについて、いかにそれを正義だと根拠づけようとしても、やはりできるものではないのだ。
 決して、過激な発言をしているわけではない。まだ抑えているように見える場面もある。しかし、自分の経験してきた人生と、その中で貫かれた真実の道については、何ものも動かせない確固たる基盤があり、まさに岩そのものである。そう長くないと自ら言いつつも、それは教育というものの大きさを訴えるものでもある。筆者に同調しなくてもよい。ただ、自分はどうなのか、と真摯に問うことを読者に強いる。それだけは、強いてもよいと思う。そうでないところまで強いようとするのが、筆者が反対している思想なのだ。




Takapan
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