本

『アウグスティヌス』

ホンとの本

『アウグスティヌス』
出村和彦
岩波新書1682
\760+
2017.10.

 岩波新書から、2017年10下旬、また新たな神学上の巨人についての入門書が打ち出された。著者は出村和彦氏。アウグスティヌスについて詳しいのはもちろんだが、プラトンからラテン教父までをカバーし、「心の人間学」をモットーとしているという話である。それでだと思うが、本書のサブタイトルには、「心」の哲学者、という言葉が掲げられており、読者はアウグスティヌスという人物を、ひとつの角度から見る視点を与えられる。  読んでみて驚くのは、その平易な文章。一読して誤解なく意味が取れる文章を、注釈なしに綴っていけるというのは、容易にできるものではない。難しいことを難しく書くのは簡単だが、難しいことを簡単に書くのは難しい、という込み入った論理がよく取り沙汰されるが、こうした表現のできる筆者を羨ましく思う。
 『告白』をベースに、アウグスティヌスの生涯を辿る本書は、「心」という窓を通して、読者とアウグスティヌスとを対面させようとしている狙いがあるように見える。そのため、その神学理論を展開する、ということがなされているわけではない。専らアウグスティヌスの生涯の旅を描いて本は進む。その信仰の歩みが手に取るように分かるし、哲学的思考も紹介はされるため、無理なく読者の頭の中に、アウグスティヌスの思想やその息づかいが拡がっていくような思いに満たされる。
 アウグスティヌスは、カトリックにとってもプロテスタントにとっても、受け容れられ得る思想を語ったとされている。とくにこの『告白』は、その回心を含め信仰にまつわる歩みが赤裸々に綴られているため、より人物像が明確に伝わってくる。古い時代から、その名と思想は他の著作物の中にもよく現れ、親しまれてきたと言われ、キリスト教思想に足を突っ込む者は誰も、アウグスティヌスを避けて通るわけにはいかなくなったという次第である。
 薄い新書であり、読みやすく、しかも「心」という観点から人物と歴史を説いていうわけだから、現代の私たちにも馴染みやすい仕上がりになっていると言える。筆者の腕前もあるだろうが、実に清々しい読後感で、読者は得るものがたくさんあるのではないかと思う。最後には日本語で書かれた参考文献が紹介されており、この新書を土台としてさらにステップアップしたい人のための案内もなされている。親切である。すでにアウグスティヌスについてよくご存じの方も、楽しめる本になっているのではないだろうか。
 新書としてはこれで十二分の出来上がりであるのだが、やはりもう少し著作についての内容が噛み砕いて紹介されたら、という欲は感じる。活字とページ数を顧慮すれば、もう少しそこまで踏み込む余地はあっただろうと思うし、著者もきっとその分の企画や原稿は用意していただろうと推察できる。一年前の『パウロ』はそれでも著者独自の見解をかなり述べることはできたが、やはりお蔵入りとなった原稿があったはずである。アウグスティヌスの場合は、まだそこまで述べることなく閉じられてしまった観がある。巻末に附録のようにでも載せてもらえたらよかったのに、と一読者は贅沢なことを望んでしまう。しかしやはり岩波新書の今のスタイルは、こういうところなのだろう。悪くは思うまい。




Takapan
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