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『旧約聖書に強くなる本 改訂新版』

ホンとの本

『旧約聖書に強くなる本 改訂新版』
浅見定雄
日本キリスト教団出版局
\1890
2010.12.

 かなり「ふざけた」本である。旧約聖書の覚え方は、子どものための指導書などにもあるが、それをさらに改善している。いや、そういうのは何でもない。「ヨブ」記だか「42」章あるのだ、とか、「民」数記、だから36(ミム)章だとか、洒落にしてもつまらない覚え方で、まるで試験前の学生が喜ぶような方法で、聖書を覚えさせようとしている。――そして、つい、覚えてしまったではないか。
 この本の狙いは、聖書の解釈でもないし、さもありがたいお話だと福音を蕩々と語る、あるいは押しつけるような性質のものではない。ただただ、旧約聖書に何が書かれてあるかを頭に焼きつける、つまり知っておくために必要なことを並べ、それが覚えられるように示し、語り、楽しませる本なのである。
 本の題は、まさにそのことを伝えている。確かに「強くなる」のだ。旧約聖書が「分かる」とは書かれていない。旧約聖書で「救われる」とも書かれていない。だが紛れもなく、旧約聖書に「強くなる」のである。
 貴重な本だと思う。
 たとえば日本史について、詳しく完璧に叙述した本があるとしよう。読むのが面白いかもしれない。様々な疑問が解けるかもしれない。何か調べようとしても役立つことだろう。だが、テスト前に記憶するためには、これほど厄介な参考書はない。それよりも、「なくよウグイス平安京」のほうが、よほどテストに役立つ。ポケットにこのような暗記のタネ本があれば、テストには重宝するであろう。いや、そればかりではない。こうした曲がりなりにも頭に入った知識によって、前者の詳述日本史の本を読んだときの理解が、必ず深まるのである。知識があれば、知識が結びつく。予備知識なしに詳しいものを読んでどんどん分かるということは、通常、無理である。
 旧約聖書は、新約聖書よりも長い歴史を描いており、舞台も様々で、登場人物も、背景も、とにかくいろいろである。列王記などは、腰を落ち着けてノートでもとりながら読めば、それぞれの王の個性が描かれていて、とくに北イスラエルの散々なクーデターの連続は、戦国武将が好きな人ならきっとその面白さが分かると思われるほどに、ドラマチックである。だが、これを最初に一読して看破できるという才能は、残念ながら、そう多くの人に与えられていない。日本書紀、源氏物語、ダンテの神曲、果たして一読で「分かる」と言えるだろうか。分かったとすれば、それは一定の予備知識があったからではないだろうか。予備知識なしで読んだとき、何がなんだか分からない可能性が高い。背景をまるで知らずに味わうというのは、不可能に近い。
 白眉と言ってよいか、この本の中でも見事と言えるのはまた、図表である。系図や年表といった、誰もが思う図表はもちろんのこと、旧約聖書各巻の内容が、一つの表で見開きの中に一望できるというのは、殆ど芸術に近い。どこに何が書いてあるか、一目瞭然なのである。さらに、その有名な個所が何章に書いてあるのかを覚えるための「秘訣」も文章に書かれている。
 至れり尽くせりである。
 それというのも、内容や目的をうんと絞ったためである。色気を出して、実はこういう説もあるのだ、とか、細かく言えばここは、とかいうことを言い始めたとたんに、覚えるほうは混乱する。このあたり、大学の先生としても著者は一流である。異説や例外は、基本理解があるからこその例外なのであって、まずはその基本理解を一本筋を通しておかなければ、解釈も研究も、理解不可能なのである。このことを、著者ははっきりと述べている。それは、この本の「ふざけた」ありかたの弁明のように聞こえなくもないが、実は立派な教育方針であることは、教育畑である私には、深く納得できるものである。
 かつて、カルト宗教問題でも世に出て訴えていたお顔を思い出す。この本は、1977年に最初に出版された。教団の月刊誌に2年間にわたり連載されていたものをまとめ、加筆し、仕上げた本であったそうだが、評判がよかったということである。すでに絶版となり、残念がられていたが、このたび、新時代の理解を踏まえて一定の修正などを受け、新たに出版された。それでもやや古い解釈が入っているが、と著者自身謙遜に告白しているが、そんことは気にする必要はない。覚え方は覚え方、役立つ基本線は、神の言葉なのであるから、変わることがない。様々な意味で、著者の誠実な思いがこめられてもいて、読んでいて本当に頭が下がる思いであった。
 周期表を知らないでは化学のテストが解けないのと同様に、旧約聖書の基礎的知識がなければ聖書の問題に答えることはできない。神学生はぜひ、と思うが、これは一般信徒も必携、と言いたいところだ。とくに旧約聖書には、何がどのように書いてあるのか分からないという人が少なくないし、長いので読む気にもなれない、とも正直思われているふしがある。けれども、ご安心あれ。こうして「ふざけた」覚え方をした後は、実際に旧約聖書を開いて読めば読むほど、楽しくて仕方がなくなる。書いてあることが、図表に簡単にまとめられている。見所はどこか、も教えてもらっている。
 せめてこの図表だけでも、「自炊」して、持ち歩きたい衝動に駆られているのだが、それよりも、この本そのものを、つねに鞄に入れて教会に行ったほうが、やはりよいだろう。どうぞご購入願いたい。損はしないはずである。




Takapan
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