本

『旧約聖書を学ぶ人のために』

ホンとの本

『旧約聖書を学ぶ人のために』
並木浩一・荒井章三編
世界思想社
\2415
2012.2.

 ずっと気になっていたが、機会を逸して一年間ほど、読みたい本リストに挙げたままだった。通り一遍の旧約聖書の説明ではない。かといって、どこか特殊なテーマに偏ったものでもない。旧約聖書のエッセンスを、多くのポイントからえぐり出すように追究したものである。ひとつのテーマには、ひとりの筆者が責任をもって取り組む。すると各自は、自分の本意の事柄について突っ込んだ記述ができる。しかも、本全体としてはバランスのとれた構成ができあがる。必ずしも統一感があるとはいえないが、各テーマに応じた、特色ある掘り下げた問いかけがあり、聖書箇所と最近の考古学や歴史学の成果からそれへの答えが用意されている。その用意は真理そのものであるという保証はない。なにせ聖書である。聖書より正しい理論というものを想定すべきではない。しかし、この本は、信仰書でもない。信仰を前提とせず、その後の聖書が形成してきた歴史や現実を踏まえつつ、聖書という歴史や信仰がどのような背景で成立しているかを明らかにしようとする。一概に神を否定しようとするものでもないが、ことさらに神の言葉だから云々という始まり方をするものでもない。そのような書き方は、時に信仰者からは煙たがられるものだが、逆に考えることもできる。そのように学究的に調べてもなお、これは神の言葉として通用するではないか、という視点があるからである。
 そもそも旧約聖書とは何か。それが描く歴史は如何なるものか。これはイスラエルの置かれた立場をよく物語っている。そして、将来的に待望するメシア像を際立たせることになる。それから、旧約聖書の人間観が、さまざまな実例から取り出される。人間ドラマとして、そして人間を描こうと考える人にとって、魅力的な内容ではないだろうか。また、神との関わり方も角度を替えて検討されており、これは信仰に生きる人にとり非常に参考になる。さらに、旧約聖書と人間事象との関係だが、自然や法、社会問題と繰り広げられていく。戦争に対する聖書の捉え方という、ある意味で痛いところも真正面から捉えられており、味わいがある。
 つまり、人間に関すること、神と人間に関することについて、その都度アングルを替えながら、真摯に見つめていこうという取り組みがここにあるように見受けられ、たんに旧約聖書には何が書いてあるかというような概観ではない。その意味で、旧約聖書について一般的な事柄を周知の人が読んで理解できる内容だと言えるが、もちろん本の題名どおり、これから旧約聖書について詳しく学ぼうとする人が見ても十分魅力的である。分からないということはない。ある意味で先入観を与えてしまうことになるが、短い時間で旧約聖書を理解したいという人には役立つことだろう。
 ただ、これをまた信仰という視点から捉えようとするとき、へたに頭でっかちになってしまうのも問題だ。信仰は、ここにいる私自身が、神と向き合うところに始まる。知識が納得できるから信じるなどというものではないし、自分がどの宗教的教義が気に入るかで入信するというようなものでもない。出会いがひとつの重要な契機をなしているとするならば、この本が直接出会いを導くというものではないかもしれない。だが、やはりそこは「学ぶ」である。そのためにはユニークな見方がたくさんこぼれているので、おそらくは、聖書についての初心者であるというよりも、実のところ、かなり読み込んだ人や、信仰の人生経験の長い人こそ、読むのに適役ではないかという気もする。
 終わりに、文献資料がふんだんに紹介されている。もとより、編集者の経験の積み重ねが並べられているようなものだと言えなくもないが、概して、海外の文献も含め、オーソドックスな研究書とその内容がコンパクトに表されており、さらにここから次のステップに出ようとする人にとって、親切な頁が30頁以上続いている。これを見ても、本格的な研究者向けの文献が多いことから、かなり進展した内容として捉えたほうがよいのだろうという気がする。
 近年、本の価格が上昇している。単純に以前と比べたり、頁あたりの価格が本の値打ちを決めるものでもないのだが、この2300円は、内容の質・量ともに、安く感じられる価格ではないかと思う。霊的な刺激もいろいろな箇所から受けることができるとなると、説教者にとっても、見逃しておくのはもったいない。役立つ本だと言えるだろう。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります






 
inserted by FC2 system