本

『90分でわかるキルケゴール』

ホンとの本

『90分でわかるキルケゴール』
ポール・ストラザーン
浅見昇吾訳
青山出版社
\1000+
1998.4.

 セーレン・キルケゴール。デンマークの哲学者である。が、この本によると、はたして哲学者と呼んでよいのかどうか怪しいのだという。大学で哲学を教えるという仕事をしていたわけではない。尤も、そういう哲学教授という今のような見方ができたのが19世紀、せいぜい18世紀であることを思えば、キルケゴールをどう呼ぶかという問題は、さして重要ではないようにも思える。
 90分でわかる、というのはこのシリーズであり、歴史上の哲学者を一人取り上げ、それを90分で読める本の中で概要を理解しようという企画である。結論として、うまくいっていると思う。哲学思想を分からせようというのでなく、その人がどういう人生を送り、どういう事態に巡りあい、そこでどのように考えていったか、というストーリーを呈することにより、哲学思想の内容にも踏み込める素地を作ろうというものである。たしかに、哲学書を一般の方が手に取り読んだときに、どうにも意味が分からないというのは当然である。その思想が生まれる背景や時代、また哲学問題の系譜のようなものがあり、その中に埋め込まれて初めて、その思想が何を言おうとしているかが分かるわけであって、数学の公式のように、突然出てきたものが分かるかと言われても、挑みようがないのである。
 さて、キルケゴールは、その生い立ちがその思想を大いに支配しているといえる。いわゆる「実存哲学」の創始者とされるのであるが、哲学が人生論の代名詞としても受け取られる部分があるとすれば、それはキルケゴールの影響が大きい故だと言わざるをえない。そしてこれを遡れば、キルケゴールの人生の歩みにより、その思想が生まれてきたということになるわけである。そこでこの本も、キルケゴールの人生、いや、まずその父親の歩みが簡単に触れられるが、その父親との関係の中に、キルケゴールの生き方と思想とを理解するひとつのきっかけがあるという解釈である。父親が何事かにより神を呪ったということを聞き、息子は潜在的にでも大きなショックを受ける。これがまた本書の最後で、キルケゴールの行き着くところに影響を与えたというまとめかたをするのである。
 見かけ上、ハンディキャップを負ったキルケゴール。その内省的な思考が、「信仰」への飛躍をなすわけだが、論理で説明できないところに光明を見出すその歩みが、従来の論理による思索や思弁がもたらす哲学とは一線を画すことになる。はたしてキリスト信仰からすればどうかしらと思われるようなあり方であっても、本人にとってみれば、自分の考えこそキリスト教の真髄だと考えていたのではないかと思う。しかし、著作家としてさして儲かるわけでもなく、父親からの財産を使い果たしていくキルケゴールの筆致は、世間に対して挑戦的になっていく。その背後には、もちろん有名な、婚約者への婚約破棄の突きつけからくるなにか屈折したような思いもある。本書では、それを、何であるか正確には分からないにせよ、彼の性的な問題であると臭わせているのだが、その真偽はともかくとして、やはり女性に関してうまくゆかなかったことは確かであろうし、その婚約者とは教会で顔を合わせるにしても、口を利くことも殆どなかったようなドラマもまた、この本では描かれている。こういうあたりが、筆者の巧いところでもある。
 ちょっした章立てがなされているが、要するに「生涯と作品」というところが本書のメインの部分であって、この中にはそのゴシップ的な要素もあるにはあるが、キルケゴールの思想の骨子がきちんと記されている。ただ、それは抽象的な思想なのではなく、その人の生き方のひとつの現れであった、というような見方がなされており、それでいてこそ読者もその思想に納得がいくということになる。哲学は、数学の公式や科学の理論ではない。人がいて、その人の人生があって、そして生まれるものでもある。その意味からすると、哲学思想の解説というよりも、人の伝記のような書き方をすることが、なんと哲学の理解に適していることだろうかと思う。しかし、それができるのは、思想的にも歴史的にもよく理解し、解釈をしている人でなければできない。作家として、筆者は科学や哲学など多方面に関心をもち、実に巧く著していると思う。イギリスで人気が出たというのも肯ける。
 もちろん、ここに描かれたキルケゴール像というのは、筆者の解釈である。読者は、これをひとつのきっかけにして、キルケゴールの著作に、あるいは他の研究にと進んでいくことが望ましい。が、忙しい現代人のことである、一般の人でちょっとキルケゴールとはどんな思想だったかしら、と知るためにはこんなに便利で手軽な本もない。90分とあるが、哲学的な素養があればもっと短く読めるし、なくてもいくらか割増したくらいでなんとかなる。ただやはり、望ましいのは、哲学についていくらかの背景を知っていることだ。そのためには、最後には哲学についての思い切った編集を施した年表が付いている。これは驚くほど個性的な、そして大胆な年表である。ここだけ見ても、実は面白かった。




Takapan
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