本

『2020年からの教師問題』

ホンとの本

『2020年からの教師問題』
石川一郎
ベスト新書540
\800+
2017.1.

 教育制度が大きく変わる。脱ゆとりというかけ声で、学力向上が図られる。だが、それはかつてのやり方に戻るという意味ではなかった。少し前から、アクティブ・ラーニングという手法が注目されていたが、ちょっと生徒が自主的に教え合うことらしい、のような理解では到底立ち向かえないほどに、構造的に全部が造り替えられてしまうのである。
 センター試験が廃止されることから、大学入試がまず変わる。それに導かれて、高校・中学も変わっていく。当然小学生にも影響する。そういうわけで、一大変革の時が来ているのであるが、世間はいやに穏やかである。もっと関心をもつべきではないのか、と思う。旧態依然とした入試制度しか頭になく、自分の経験からしか話のできない親が、子どもの置かれた状況にまるでついていけないという姿がありありと目に浮かぶ。
 著者は、この一年前に、別の新書で、大学入試の変化について提言をしている。アクティブ・ラーニングを実践してきた著者が、いきなりそれを前提とした話を展開してきたせいか、一般読者には評判がよくなかったようである。何を言っているのか分からない、と。だが、そのことが逆に、世間がこの教育変革について全く知識がない、理解できそうにない、ということを露呈しているとは言えないだろうか。そういうこともあって、今度は教師サイドに立った視点で、この入試と教育の改革について捉えてみようとしているのではないか、そんな気がする。また、新書という制約された範囲内で、緻密な議論はできない。資料を駆使して根拠を提示することも難しい。理解を求めるために、現場で生徒たちと直に格闘している者が、声を嗄らして訴えるのだが、世間には響かない、そんなふうにも見える。
 答えのない問題が提示される可能性を著者は告げるが、本書はこれを解く生徒ではなく、その生徒に教える教師がどうしていくか、という観点に徹している。その教師自身がそもそも体験がなく理解もしているかどうか怪しいそのような世界で、指導していく自信がないであろうことも容易に想像がつく。そこへ光を当てよう、というのが本書の使命であるはずだ。
 かくいう私も、この変革が最初は理解できていなかった。しかし仕事上、関心をもって取り組んでいくと、だんだん分かってきた。そしてアクティブ・ラーニングの危険性をも感じた。つまり、内容が伴っていないままにこれに走ると、根拠なく自我を押し拡げようとして憚らない、いわば厚かましい精神の子どもを育成してしまう虞である。一定の知識は当然必要であり、他者の尊重なども根底から叩き込まれていなければならない。その上で、自分の意見を抑えこまずに適切に主張し、また表現していくことが推進されるというあり方が、理想であり、また課題なのである。
 さらに、現在日本各地で増えてきている、中高一貫校の入試問題が注目されるべきであると考える。小学六年生が受験するのであるが、そのための良いテキストが作られ始めている。この問題が、当然この大学入試変革を占うものとなっているはずなのである。そこはさすがに小学生相手であるから、答えがないというよりは、自由に発想して答えを記すことができる、というような内容になっているのであるが、従来の中学入試問題とは明らかに違うものとなっている。自分はこの問題についてどう思うか。自分だったらどうするか。身近なところにどういう事例があるか。このように、教科書に書いてあることをただ覚え、複雑な問題情況に置いて謎を解くというのではなく、科目の間を横断し、あらゆる知識と好奇心とを活用して、総合的に一段高いところから俯瞰する、あるいはまた、もっと掘り下げて深い根拠のレベルから現象を説明する、ということが、明らかに目的とされているのが分かるのである。
 私は、本書を読んでいくうちに、途中でひとり叫んでいたことがあった。すると本書の著者も後でそのことに触れたので安心したのだが、要するに、これからの子どもたちへの教育には、哲学が必要なのである。哲学を少しでも営んだ私には痛いほどそれが分かる。そして、中高一貫校の入試問題に対しても、私だったら何の苦もなく理解できるし、指導することも楽しいと思う。しかし、専門的に優れた別の教師にとっては、この指導が難しいものであるらしい。広い視野、深い洞察、それは哲学を学んだ者からすれば、何の苦もなく日常的にやっていることでしかないのである。
 だが、日本で哲学ほど軽視されてきた分野はない。本書でも紹介されているように、フランスでは哲学を学ばなければ大学には入れない。哲学的思考を経ずして、すべての学問は成立しないことが分かっているからだ。しかし日本では、実学の優先から、現在でも、工学は推進されるが理学は徹底排除されている。文学部さえ抹消されようとしている。これでは、哲学など酔狂な者の趣味だとしか見られないのは当然である。
 それを、この哲学が必要な学び方が要求される形で、入試改革が行われるというのだから、政府のやろうとしていることとこの制度の変革は、私の目から見て矛盾している。これを一方的にやれと命じられる現場の教師たちはたまったものではない。自分たちもその訓練を受けたことがないのだ。そこで、指導する側の危機があると著者が醸し出している気持ちは、私にはよく分かる。
 本書もまた、一般からは煙たがられるだけかもしれない。だが、事情の分かる人は、ここから刺激されて、もっと声を出さなければならない。実学へ益々傾く大学の動きを止めることと、哲学の必要性を教育に取り入れることとだ。もちろんそれは、いまの高校倫理にあるように、哲学者の名前と著作を覚えるという程度のものではない。こう考えてくると、これからの教育界が、私には楽しみになる。でももし、このことに気づかれず制度だけが変わっていくのであれば、むしろ日本の教育は破壊されていくのではないか、という不安も持っている。本書に触発されて、議論が起こるとよいと願う。




Takapan
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