本

『情報は1冊のノートにまとめなさい』

ホンとの本

『情報は1冊のノートにまとめなさい』
奥野宣之
Nanaブックス
\1365
2008.3

 わりと売れている本だという。ある意味で情けないと思う。
 小さなアイディア一つを、とことん膨らませて、さも万人に有意義であるかのように執拗に訴えている本に過ぎないのだが、それに感心するという世間の情報に対する稚拙さが推察されて仕方がないからである。
 よく、読書感想文を小学生に書かせると、この本は読んで面白かったので皆さんも読んでください、という調子のものが何編か現れる。よほど面白みを自分で表現できないというわけで、読んで各自で面白みを味わってくれ、という態度である。もちろん、本人は、好意的にそう書くのであるが、内実はそうである。
 まあそれに近い。
 副題は《100円でつくる万能「情報整理ノート」》とあり、そのポイントは、A6サイズの安価なノートの中に、とにかく何でも情報を入れ込んでいけ、というものである。書類は折りたたんででもそこに貼り付けていくので、膨れあがっていくが、それはそれでよいのだという。
 そこにメリットがない、などと言うつもりはない。だが、それほどメリットもないのではないか、と私は思う。梅棹忠夫の著書が大きな火付け役となったと言えようが、情報整理については、いくつかのエポックがあるだろうと思う。バイブルサイズのファイロファックス然り、野口悠紀雄然り。特に野口氏は、時系列整理という、ある意味で画期的な視点を提供した。それは、利用者の立場にもよるのだろうが、一定の成果をもたらしたのではないかと思う。
 その後、パソコン利用がどの個人にも当たり前になってきた時代では、そうした情報整理の技術が、検索機能との関連で捉えられるものとなった。もはやパソコンの検索機能なしには、有意義な検索ができなくなったのである。そしてインターネットという、世界中の資料につながった形での検索が、恐ろしく膨大な資料の世界から必要事項を瞬時に選び出すという、昔の資料探しの時代を知る者にとっては、とんでもない時代が訪れたわけである。
 この本の著者は、そんな100円ノートの内容を、パソコンに打ち直すことにより、検索ができると謳う。はたしてそうだろうか。打ち直す時点で、そのメモを有意義な形にすでに組み替えて収めていくというのが筋であって、たんにメモに過ぎないものを、その見出しだけしか打ち込まないにも拘わらず十分に検索可能な資料としてわざわざ打ち込むということが、それほど有用なことなのであろうか。それはまるで、情報のための情報を並べるためにやたら時間を使っている、ということに過ぎないのではないだろうか。
 つまり、この本に書いてある「情報」という考え方には、「生産性」「創造性」がないのである。
 その携帯ノートは、書き潰せばまた新たなものを持ち歩けばよい、というが、毎回必要なものは別紙に印刷してまた貼れだの、結局アイディアは携帯電話の中に打ち込んでおけだの、肝腎な利用の点になると、逃げの説明が多くなる。それほど有効な携帯ノートなら、そのノート一冊でどれほど有効であるか、押し通せばまだよいのだ。あげく、別のメモ紙にメモするのもとてもよいと紹介し、ジョッタ(ジョッター?)を推奨する。そのメモ紙も改めてこの携帯ノートに貼ればいい、などと言う。
 結局、さまざまな他の道具の力を借りているわけだし、推奨する「1冊のノート」なるものは、しばらく使うと代替わりするだけの、一時的な「なんでも箱」である。その利点を説明するのに、これほどの一冊の書物など、要らない。
 主張が、便宜的な点で右往左往している感じで、この著者自身、確たる情報管理の方法を得ていないという印象を与える。その点、強引で他人は真似できない面もあったにせよ、梅棹氏は堂々としていた。京大カードだけでいい、という頑とした威圧感があった。
 私は、最近は、新潮社の「マイ・ブック」を使っている。これは日付入りのフリーノートである。一年間、340円で管理できるのは驚異的に安い。しかも時系列で、日付検索は全く問題なくやりやすい。1月からの自分の情報がずっと手元にある。年が変わったときも、しばらく前年のもカバンに忍ばせておけば、前年の情報も共にあることになる。紙を貼ることはしない。野口式のような別の紙フォルダに突っ込んでおけば、紛失することはない。一日1頁で入らないときには、空きのある日付のところに少しばかりはみ出しても問題はない。とにかく何でもメモしておく。ただし文庫本と同じ装丁なので、一年間傷まないように、ビニルのブックカバーをかけている。それでプラス100円くらいのコストはかかるが、それでも500円ぐらいで賄える。
 しかし、それも人によりけりである。ただ、厭きやすい私にもこの方法は結構長続きしている。マイ・ブック創刊以来、方法は変わらない。何でもメモ用と、日記用と、2冊を常に携帯している。文庫本2冊の量であるから、負担にはならない。
 著者は若い。まだもっと試行錯誤してよい。これが万能だ、みたいなふれこみは、若気の至りであろうが、まだまだいろいろあってよいし、もし自分にとりそれがよかったとしても、多くの人にそれが有効であるとは限らない点をもっと考慮するとよいと思う。そして何よりも、この程度の情報整理に感動するような読者たちが、このような本がつまらなく見えるくらいに、自分の情報管理を発展的に見出していくようになってもらいたいものだとつくづく思う。




Takapan
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