本

『10代からの情報キャッチボール入門』

ホンとの本

『10代からの情報キャッチボール入門』
下村健一
岩波書店
\1600+
2015.4.

 ルビこそないが、口語で語りかけるような文面からすると、中高生あたりがターゲットであろうか。しかしそれなら、岩波ジュニア新書という優れたシリーズの形式がある。ジュニア新書は、その名を越えて、大人が読むに値する内容にもなっている。印象としては、それらよりも、さらに親しげに語りかけるという意味では、年齢層は下がってよいような気がする。小学生でも読めないことはないだろう。ただ、書かれてあることの理解のためには、中学生くらいが適切であろうか。
 それでも、私はそれらの見解をすべて否みつつ言いたい。これは情報発信をする、殆どの若い世代に、またオトナ世代に、一読を勧めなければならない本である。
 サブタイトルは「使えるメディア・リテラシー」。これもまた的を射ている。著者はメディア最前線で活躍し、報道アナウンサーでもあり、リポーターでもある。大学教育へも関わっている。この道の経験者としては申し分のない立場である。だからということでよいのかどうか分からないが、文章も実に鮮やかで無駄がない。何をどう書けば、あるいは言えば、「伝わる」のかを常に考える人が、さらに様々な人の立場に立って、考えねばならないこと、気づかねばならないことについて次々と指摘してくる。
 まずは世界滅亡のSNSが来て不安に思う若い人という設定で、情報に左右される私たちの現実に立ち入らせる。そして実際自分が遭ったメディアにおけるいわば風評被害を例にとり、情報についての現実と影響を認識させる。
 それから、情報を受け取るために気づきたいポイント、情報を発信するために心得ておきたいポイントが説明される。そしてこれらは情報のキャッチボールであるとし、それを成立させるための民主主義というものの本質までが語られる。適切な意味での民主主義がなければ、メディア・リテラシーは成り立たないのである。
 最後のほうの指摘が痛烈である。メディアなんて嘘っぱちだ、ちっとも信じられない、と考えることは、実は、メディアを全部まるごと信じてしまうことと、同一のことなのだ、とぶつけられてくるのは、ほんとうに痛いところである。自分で考えることをしないような精神がそこにある。その意味で、先に出版された、岩波ジュニア新書の「自分で考える勇気」という、カント入門の本とつながるような気もする。これは私の趣味的な見方であるのかもしれないけれども。
 そして「伝える」ことと「伝わる」こととの差は小さくないとし、発信するときには、伝わったかどうかまで意識するものなのだと説く。これは教育の場でも実は同じなのであって、教育者として歩んで行ける人というのは、この差を大きく受け止めている人なのだと私は思う。
 本書には、様々な例が取り上げられている。これがまた分かりやすい。おそらく多くの人にとっては、指摘されることではっとさせられることが多いだろう。私は痛いほどこれらの指摘が分かる。誌面の都合や対象読者の設定により、議論が深められていないところも多々あるが、その議論がどうであるか、ありありと感じさせられるように思う。
 単なるネットいじめだけの話題では、問題解決にはならない。そもそもネットで私たちが常に加害者としての役割も果たしてしまっているという点についての認識が必要である。その意味で、この本は、メディアのありのままの姿を示すことで、個人的に私たちもまた、無邪気に人を傷つけるようなことをしていると気づかせることができるのではないかと期待する。
 本当に良い本だ。だが、どうしてこれはジュニア新書でなかったのだろう。おそらくこのまま価格を半分にすることもできただろうに。長く出版され続けてほしいし、あるいは改訂されて続いてほしいと思う次第である。




Takapan
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